『私たちが目を澄ますとき、』の原稿スケジュールに丸2日余裕ができたので、1日半を休みとし残りの時間をこれを描いて過ごしました。※8月分のfanbox限定コンテンツは、こちらとは別途で月末に更新します。
自分の日々の暮らしを振り返ってみた時に、いつでもどんな時も”正しい”日本語を使っているかな?と考えると決してそうではないことに気づきます。でもそれが生きた言葉を使っているということだし、また、自分が今この時を生きているということそのものを示しているとも思うのです。
そして真白やノナもきっとそうじゃないかなと。
真白の「ごめんね」は”正しい”形にはなりませんでした。でも、どうしても言わなきゃと思って絞り出した言葉で、ノナも、力なく落ちた真白の腕を見て、今できることは無理やり振り返って”正しい”形で答えることではないと判断して、小指を自分の顎の代わりに真白の手首に当てて「いいよ」「別にかまわない」という意思を伝えたのです。
ただ、ここで「ごめんね」「いいよ」という断定的な日本語訳をつけてしまうと、これが正しい表現だと誤解されたらどうするんだ!という指摘は免れないとも思いました。難しい部分ですが現時点において、手話を漫画として表現するということには暗黙の了解として「手話と言う言語の”正しい”形を知らせる」という役目が付随しており、この役割を全うすることを期待されている側面があるからです。手話表現に日本語訳をつけるということは、それくらい責任重大なことなのです。
白でも黒でもない、グレーの部分を描きたいと思った時は日本語訳をつけず、なるべくグレーのまま受け取っていただくことにしようと思っています。手話の世界にもホームサインといって、教科書や辞書に載っていない、ある一定の間柄や集団の中でしか通じない独自の表現というものが無数にあります。(日本語にもいっぱいありますよね) ”正しい”表現とは別に、これに近いものが真白とノナの間にも日々生まれていると考えていただければ。
”分かりやすさ”からはどんどん離れていっている気がしますが…
そもそも「誰にでも分かりやすい」ということは、実際にはリアルから遠ざかって行っているということなので、少なくともこの作品においては私はそういう方向はあまり目指さないでいようと思います。
人間、分からないことのほうが多くて当たり前なんですよね。それを「分かりやすく工夫された」ものだけを見て、あたかも分かったような気になってしまうのが一番怖い。
真白とノナのことを思う時、いつもその考えが浮かびますね。
分からないものを分からないまま受け止めるということ。
難しいけど彼らを通してずっと追い続けたいです。
作者としては最後のOS-1を一生懸命吸うてる真白が自分でも気に入ってるので、ぜひじっくりと見てね……(笑)
見て下さってありがとうございました。
詠里
詠里
2023-10-02 11:17:53 +0000 UTCLan
2023-10-01 16:27:16 +0000 UTC詠里
2023-08-14 16:01:10 +0000 UTCToki博士
2023-08-14 10:04:19 +0000 UTC