明石 有紗という少女が居た。マドンナなんて言うのは今となっては死語かもしれないけど、彼女は所謂”学園のマドンナ”とかいうものだった。
そんな彼女と”プロレスしないと出られない部屋”などという頓痴気な部屋に閉じ込められている。
「えっと、どうしよっか伊井田さん。」
彼女は「困った」という笑顔でこちらに振り向く。
「そうだ、ケータイ。」
繋がる訳が無いケータイをかけるフリをして適当に場を繋ぐ、かれこれ2年間は彼女と同じクラスだがそれだけの間柄だ。クラスの中心にいる彼女と、隅っこに居る私とでは話すことなど何もない。
「どう?繋がりそう?」
「いや、ダメそう。」
私のケータイを覗き込んでくる彼女。なんの匂いだろう、いい匂いがする。こんなに近くで彼女を見たのは初めてだが、非の打ち所の無い美少女といった感じだ。近づいてみれば、案外肌がガサッていたりするのではないかと思っていたが、私の粗探しは徒労に終わる。
「ねぇ。ここはプロレスをするフリをして適当な所で試合を切り上げない?プロレスさえすれば出してくれるんでしょう?」
ケータイを覗き込むフリをして、ヒソヒソとそんな提案を持ちかけてくる彼女。
「そうだね、他にどうしようも無さそうだし。」
「じゃあそういうことで。」
部屋にはそれぞれの名前が書かれたロッカーがあって、その中には”これを着て戦え”と、スポーツウェアの類が入っていた。当然のようにサイズはぴったりだった、当たり前だ、私達をここに監禁している犯人は色々と用意がいい。黙々とそれに着替える彼女を見て、邪な考えが頭をよぎる。
もし私の予想が当たっているなら、彼女がそれに気付く前にやるべきだ。
「ねぇ明石さん、ちょっといいかな。」
「なぁに?」
一撃で確信した、パンチが正確すぎる上に重すぎる、やはり予想は正しかった。明石有紗は格闘技経験者だ。
こんな施設を用意して、スリーサイズまで調べ上げた人間を2人も拉致監禁できる犯人が、格闘技経験者と未経験者をうっかり戦わせるような凡ミスをするはずがないのだ。……まぁ経験者と未経験者を戦わせることが目的だった可能性ももちろんあったが。私が経験者である以上、その相手を務める明石有紗も格闘技経験者なのは自明の理。であれば明石有紗は自分が格闘技経験者だとわかっていながら、もっと言えば相手ーーつまり私のことだがーーが、格闘技をしたことがない可能性があったにもかかわらず「プロレスをするフリをしよう」などという提案を持ち掛けてきたことになる。とんだ確信犯だ、そう、この女からすれば私は「いちゃもんを付けていつでも殴り倒せた相手だった」からそういう提案を持ち掛けてきたのだ。やはり明石有紗はそういう女であるに違いない。
どこからともなくゴングの音が聞こえてくる。理想的には反撃をもらわずにこのまま畳み掛けたかったのだが仕方ない。
つづく…