なんかpixivに投稿してたときも似たようなのありましたね、そういえば。
まあそれはさておき、いい加減TF漫画のネームの作り方を言語化しておきたいと思ったのでいっぺん書いてみます。参考になるかどうかは知りません。
①「閉じた関係性」のページをつくる
たとえばこのページを見てみましょう。
このページは、これ1枚でこのTFシチュエーションの要点が説明されています。
「犬の状態にされている主人公」「飼い主のサキュバス」「全体像が映るサキュバスと部分部分しか映らない犬(=上下関係の示唆)」「ペット犬の鼻先がサキュバスの股間を向いている(=性的な欲求を軸にした関係の示唆)」「魔法の存在と魔法の使用権限の所在」…といった具合ですね。
普通の漫画でもよく言われることですが、こういった「それだけで全体を表すモデルページ」みたいなものを作れると全体の見通しがよくなりますし、あとから振り返ったときにそのひとページだけでもフェチくなって大変良いです。
他には、ステータス画面が添付されたTF後の姿なんかがわかりやすいですね。
ステータス画面があると「いま変身過程のどのあたりか」が説明しやすいのはもちろんですが、自動的に「ステータス画面を俯瞰する視点」が生成されるのもポイントです。つまり、「ゲームプレイ感」が自動で付随されるわけですね。
「ゲームプレイ感」とはつまりこういうようなもののことです…「ゲームの世界の分身だから自分は安心感」「部分的にゲーム内のキャラと一体化してる感」「わざと主人公をひどい目に遭わせてやれる感」「ゲームだから生々しい情報はない感」「このあとの選択や拡張性がありそう感」「自分がどう動くか想像できそう感」。
こういった「感じ」を読者・作者・作中人物同士で共有できるページを作れると、全体が非常に描きやすくなります。常に描けるといいんですけどね、こういうページを。
②動と静のページをつくる
TF漫画……身体が変身する話の漫画を作るからには、話の主軸はどうしても「身体と心のずれ」になります。大まかにわけると、以下の4つです。
①身体と心が一致してるとき…変身前/精神も変化する話の変身完了後/身体の状態に精神が慣れたとき
②身体が先んじて、心が遅れているとき…だいたいの身体が変身してる場面
③身体が遅れ、心が先んじてるとき…精神面が先に順応したり、変化してる場面
④両方が場面からズレているとき…たとえば「ボフン!」と変身して、姿かたちは変化してるのにポーズや表情だけ前のページのを引き継いでいるような場面
TF漫画は、この4つを状況に応じて配置して話を進めることになります。
では、どういうルールで配置すればいいのでしょう? それが「動と静」です。
このページは、大まかに先程の②に該当します。身体が変化して、心がついていったない状態です。時系列順にTF漫画を進めていくなら、だいたい最初のほうにこういうページがくることになると思います。急激に状況が変化していく、「動」のシーンと言っていいでしょう。なので、次のページで「静」を用意することにします。
手に焦点を合わせた、モノローグのコマが最初に挿入されます。これが「静」です。
「静」とは動いてない、静かな場面だけを指す言葉ではありません。モノローグで自分を俯瞰しているような他人事の場面――どこか、物事や感覚が遠くにあるような状態。それも「静」として働きます。
そしてそれが過ぎると、再び変化が進み、主人公本人の心の声が響くことで再び場面は「動」に移ります。
これもまた「静」のシーンです。そして先程の4つの分類で言えば…実は③にあたります。
主人公が心の声で願ったことが、行動する前に実現してしまっているからです。心が先に情況に適応している状態です。
こういうとき、人はどう思うでしょうか? 「やった、願ったとおりになった! 思い通りだ!」? そうはあまりならないでしょう。この次はこう思うものです。「このあと、なにかが起こるんじゃないか」と。精神面が先んじてしまうと、人間は身体がそれに追いつくのを待ってしまいます。
そして、「静」と「動」のルール――このミノタウロスの漫画においては、うっかり願いが先行してしまう=静、その願いが身体を変化させてしまう=動、というルール――が何度か成り立ったあとは、「静」と「動」を混ぜ合わせることができます。静かに諦め、俯瞰してる部分と当事者感を持って抗っている部分を同時に織り込むわけです。これをやると…フェチいです。どっちつかずの状態で延々と自分の状態に興奮している状態ですから。そして、
変身は完了します。状況としては①――そして、「静」と「動」のバトンは状況を見物していた読者であり、仲間であるベサニーに渡されます。動くか、諦めるかの選択をしなければならないのは今や命令に従う魔物である「あなた」ではなく、ベサニー――魔物に襲われかけてる、新しい「あなた」なのですから。このバトンパスを行うことで、漫画は終わりに到達します。
話の内容を要約するとこういうことです。TF漫画は
①現在の状態を4つのうちのどれかに設定し
②それに対して「静」と「動」――諦めてるか、抗っているかを設定し
③同じ状態が連続してダレないよう、適度にそれらを切り替えて
④最後にバトンパスをする
をするとできます。え? 「適度」って具体的にどうすりゃいいのって? さあ…。
③共感覚的な楽しみの付与
こっから先は、自分としては楽しくてやってるんですが、人にはどう伝わってるかは私はよくわかってません。ただ、「これができるからTF漫画は描いてて楽しい」と思ってます。
漫画はコマ割りの方法によって、三次元的にはあり得ない人物配置がなされていることがよくあります。具体的に言うと、最初に例示したこれですね。
最初のサキュバスのアップとポーズは漫画的な演出であり、2コマめのサキュバスの後ろに巨大サキュバスがいるわけでも、犬の横に足ドンをしているわけでもありません。ここらへんはよく「漫画の読み方がよくわからない」って言われる原因の一つですね。漫画は実際の立体配置を無視したバストアップや全体図が急に生えることがよくあります。だから最近は映画的なカメラを基本にして、そういうことをしない漫画も多いです。
それはさておき、ミラータッチ共感覚を使うと私にとってこのコマは「面白い」という感情になります。何故かというと、変身した犬のマズルの感覚と太もも付近の感覚が共感覚メモリ上で混濁して、「変身してない部位と変身してる部位同士が触り合って困っている」という状態になるからです。よくわかんないって? すいません。
まあ…こういう絵があるじゃないですか。
こんな感じで、マズル部分だけマスクか何かみたいな形で人肌にくっついてるやつ。あれも「変身してる部位としてない部位が触り合っておもしろきもちいい」みたいな感覚なんですよね。別に共感覚が動いてなくたって、あーいう絵を見てる人の何割かは「くっついてる部分の不思議さが好き」とか「顔の認識がバグらされる感じが好き」みたいなもんなんだろうと思ってます。
ミラータッチ共感覚は複数人の情報を一気に取得してメモリ上で混ぜ合わせるので、その「ふしぎきもちよさ」みたいなのを複数人キャラの配置やコマ割りからも生成できるんです。これは漫画のコマ割りがないと生まれないやつなので、モチベの結構な部分を占めています。え? 作り方の話はどうしたって? えーっと…どうしようか…まあ、なんかそういう作業中に自分だけが味見できる美味しさがあったほうが創作は続くよって話に…なったらいいな…しておいてください。鼻輪とか牛系TFあたりは完全にその「共感覚に出る美味しさ」を目当てに描いてます。
④まとめ
まあこんな感じです。参考になりましたか?
一般論にすると「全体を表すミニモデルを埋め込め」「緩急を作れ」「自分だけの楽しさを込めておけ」ってなって割と汎用創作論っぽくなりますね。
次回は「動かしやすいTF素材の作り方」について! するかも知れないししないかも知れない! それではまた!