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雪降らないかな
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[小説]鳴く! 叫ぶ! 表情を変える! 不思議なピッグマンおもちゃ

「こういうのってさ、必殺技名とかつけたほうがいいのかな?」

 ヘビ怪人・ハーフキリングが無感情な声で語りかける。

「怪人が必殺技の名前を言うのって、どう? 不謹慎かな? それとも、『やつの◯◯には気をつけろ』って感じで意外と情報共有に役立つ?」

 その声の先には――俺・ドッグマンが、ぐにゃぐにゃになって倒れ伏していた。


 ヘビ怪人・ハーフキリング。

 全身が薄ぼんやりとした白色で、特徴に乏しいフォルムの先端には何を考えているかわからないのっぺりとした顔つき。一見、まるで子供の落書きが実体化したような朴訥で覇気の無い見た目だが――その能力は凶悪の一言だった。

 『変形』。手で触れたものを、まるで粘土細工のように自由自在に捏ねくり回し、形を変えることができる。それも、熱した鉄を曲げるとか、蒸気を当てた木を反らすとか、そんな物理法則に則った生易しいものではない。生物なら生きたまま、非生物ならその素材の特徴を保ったまま、ただ形だけをハーフキリングの思うがままに捻じ曲げてしまうのだ。『生命活動も思考もしたままの生きたティーカップ』や『飴細工のように薄く伸びる岩』を指先一つで作り出すことができる、『変形』と言うよりは『この世の上書き』とでも言ったほうがいい冒涜的な能力――それがハーフキリングの持つ力だった。

 単独で都市機能破壊やセキュリティの無力化・重要人物の拉致を成し得る怪人のため、当然S級――最優先捕縛対象として指名手配されているが、当の本人には特にそのつもりはないらしい。郊外の街で工芸店を開いていたり、闇医者のようなことをやっていたり、出張マッサージをしゃあしゃあとしていたり――とにかく、本人としてはちょっと変わった能力のある平々凡々な市民として暮らしているつもりらしい。

 もちろんそんな怪人のささやかな願いをヒーローたちが聞き届けるわけはなく、見つけ次第捕縛をしようとして――返り討ちにあった元ヒーローの家具や物体が現場には転がっている、というのがハーフキリングのまわりで発生する報告の大半だった。

 俺もまた、たまたま出くわしたハーフキリングに攻撃をしかけ。

 指先一つでダウンし、今、こうして関節の状態もわからないまま、地面に這いつくばっているのだった。

「なんかこう……たまに、『掴んで形を変えるまではスキがある』と思って相討ち覚悟で突進してくる人もいるんだけど」

 ハーフキリングは俺の変な感じに折れ曲がったマズルをいじりながらなおも語る。

「実際のところ、ちょっと触るだけでこう…なんていうの? 『素材化』みたいなの…完了するんだよね。こういうのって、名前付けたほうがいい? 付けたらあんまり突進とかしてこなくなるかな」

「……! ……!」

 俺は返答しようとするが、喉も舌もぐにゃぐにゃになっていて言葉にならない。だが、呼吸に支障はない。苦しくもない。どちらかと言えば、ゆるく脱力していて気持ちのいい状態だ。こいつのマッサージ店はさぞ評判がいいのだろう。

 なんと表現すればいいのかわからないが、ハーフキリングが『変形させる』と決めたものは……『素材』になる。粘土か、飴か、原形質か――とにかく柔らかく、形を変えやすい『なにか』になるのだ。そうなるとその部分に力を込めることはできず、関節や骨といった構造物の恩恵も失って、ただ塑形されるのを待つだけの塊になる。ハーフキリングが犠牲者のフォルムを整え終え、『完成した』と思う瞬間まで。

 趣味なのか、考えながら作業するタイプなのか、ハーフキリングはまず一部分だけを『素材化』することが多いが、やろうと思えば全身をたちどころにそうすることもできる――そう言いたいのだろう。やつの指先が俺の胸に触れたのはほんの一瞬。それだけで俺は肉体の主導権そのものを失い、ただの材料としてやつの前にうずくまっている。考えるだに恐ろしい能力だった。

「さて、どうしようか」

 ハーフキリングは、顎に手を当てて思案を始める。別にこのまま俺を放置しても良さそうなものだが、『手を出したものは作品として完成させる』というルールがあるらしい。まあ、ルーチンを一度ないがしろにすると自堕落になってしまいそうで嫌というのはわからなくもないが、そういうことをしてるから逐一目撃情報が集まってヒーローに追われているということは気にしないのだろうか。

「……そういえば、こないだかわいい仔豚に会ったねえ。なかなか見所のありそうな……うん、ああ、ふむ、そうするか。よしよし」

 ……決定したらしい。なにかの拍子で力が戻って逃げ出せないかと一縷の望みに賭けてみたが、相変わらず投げ出された手足は脱力したまま、わずかにのたうつだけだった。俺はこれから起こるだろうあの感覚を想像し、げんなりする。

 いや――苦しくはないのだ。本人としても苦痛を与えるのが目的なのではないだろうし、そこは一応ハーフキリングの名誉のために言っておこう。もし君がハーフキリングに遭遇し、やつの作品作りの材料となったとしても、その工程自体は痛くも痒くもない――むしろ、上質なマッサージを受けているかのような心地よさまである。あるのだが。

 ハーフキリングの幅広の手が、俺の胴体を持ち上げて地面に座らせる。大の大人がまるで幼児のように手足を投げ出す形で座らされているのはまあまあ屈辱的なのだが、それでも怒りで力が入ることはない。と言うより、怒れない。身体が完全にリラックスしている状態で怒りや憎しみを呼び起こすのはものすごく難しい。身体が全てを受け入れる態勢を取っていると、感情もそれに従ってしまう。ハーフキリングはそのまま俺の胴体を優しくさすり始める。胸から腹にかけて。大きな掌がスーツの上を這っていく。赤の他人が無遠慮に身体をさするのは普通なら相当気持ち悪いか鬱陶しいはずなのだが、やはりその感情も湧いてこない。この肉体の主導権はいまハーフキリングにあり、俺はそれに乗っかって思考しているだけなのだろう。一回、二回、三回。ハーフキリングの手が表面を移動するたび、俺の胴体は凹凸を失い、寸胴になっていく。いや、大きな卵か。ぐにゃぐにゃになりながらも特徴を保っていた胸の膨らみや腹筋の段々が全て一緒くたに延ばされて、なめらかな曲面に書き換えられていく。形がデフォルメされたぬいぐるみのようになっていくにつれ、俺の中からも何かが失われ、デフォルメされていく。胴体の筋肉や骨に込められていた感情がふわふわと溶けていって、それが何だったのかわからなくなってしまう。どういうわけか、ハーフキリングに『変形』させられると、同時に心の形、自己像、そういったものも連動して形を変えてしまうのだった。気がつけばハーフキリングの手は背中に回り、たおやかな指のタッチで肉を寄せ集め、すり込み、押し広げ、撫で回し、ゆるゆると背中の凹凸をなくしていく。手が動くたびに俺の何かが削れていく。背中や腰に力を入れるときに思っていたなにか。もう思い出せず、俺の胴体はすっかり重心の下がった卵型になる。下腹が出て、スーツの模様がそれに合わせて歪んでいて、俺はまだかろうじてそれを恥ずかしいと思うことができる。だが、胸を張ったり、腹に力を入れるときに連動していたはずの気持ちは、もう心の中のどこにもない。俺はぽてっと腹を突き出して、無害さをアピールしている。それは当然で良いことのように思えてくる。

 ハーフキリングは、次は足にとりかかった。一方の手を腰の裏に、もう一方の掌を俺の右の足の裏に当て、まるで余分にはみ出してるパーツを直すかのようにぐっと掌を押し込むと、そのとおりに俺の脚は圧縮され、筋肉の盛り上がりも関節の陰影も失って、つるんとした表面の、もとの三分の一以下の短足になる。ついで左足も。見る間に俺の下半身は、ぬいぐるみのようにデフォルメされて、そして俺はまた、なにかの心を失った。膝をついたときの、あの感覚。バランスを崩すまいと踏みとどまったときの、あの筋肉の動き。硬い土に己を食い込ませるときの奮起を俺は失って、だらしなく投げ出された足の裏を見せつけるこのポーズが俺のデフォルトになる。俺はかわいらしく座っているのが仕事のぬいぐるみ。その満足感と恍惚感が足の裏から腰のあたりまでせり上がってきて、顔が一層だらしなくとろける。何もしてないのに口角が上がり、目尻は下がって、おかしくないのににたにた笑い。高揚感から鼻息が荒ぶり、『素材化』してやわらかくなった俺の鼻は収縮する機能を失って、自分の息でどんどん内側から押し上げられ、膨らんでいっている。

 ハーフキリングは同じ手順で俺の腕も縮めた。一気に押し込めるせいで指は手袋ごと一緒くたに固められて、手の部分はただの白い塊になっている。俺の頭から、腕や指の細かい操作、それにまつわるあらゆる感情が霞んでいく。ある種の解放感ではあった。握手も、攻撃も、食事も、家事、筆記、排泄、仕事、あらゆる手にまつわる雑念が虚空に飛んでいき、その空白は肯定感として錯覚される。なにもしなくてよい、俺の腕はただそこにあるだけで良いのだという肯定感。錯覚だ。だが、肉体が直に変化しての錯覚は強烈で、抗いがたい。

 ハーフキリングは少し遠くから俺を眺めて全体のフォルムバランスに満足すると、どこからか粘土用のヘラを取り出した。そして俺の先の丸まった円錐状の手を持ち上げると、その頂点にさっくりとヘラを差し込む。痛みはない。まだなにをしているかわからないので感慨もわかない。ヘラで切れ目を入れられた俺の手はその後にハーフキリングの指で形を整えられ、二股に分かれた蹄のようになる。デフォルメされたブタの蹄のような…。

 その瞬間、俺の中で何かがつながって、俺ははっきりと『蹄ができた』と感じた。意味ができた。ああ、俺はこの蹄を地面につけて歩いたりするんだなとかをごく自然に考える。ということは、俺はブタにされるのか。ブタのぬいぐるみ? 俺の中でどんどんイメージが固まっていく。ブタっぽいポーズ。ブタっぽいふるまい。ブタっぽい歩き方。ぬいぐるみの恍惚さが身体の中に残留したまま俺の心はブタに変形していって、なんだかとても幸福な生まれ変わりをしているような気分になる。これもまた錯覚なのだろうが、俺はいま自分の中にある感情を錯覚と却下する主導権を持っていないから仕方ないのだった。ハーフキリングは残った俺の手足を順々に蹄に作り直し、そのたびに俺は真っ当にイニシエーションを通過した気分、正しい自分を得た気分になる。両手両足全てが蹄になったとき、俺はもう逆に残った部分のブタでなさがやるせなくてたまらなかった。はやく。はやく顔も触ってほしい。だらしなく正体のわからなくなっている表情を整えてブタの顔にしてほしい。俺は必死に鼻息でアピールする。ふん、ふごと音だけでもブタらしくならないか工夫する。おかしい。俺はヒーローだ。こんなふうにブタのぬいぐるみに作り変えられて喜ぶなんて間違っている。最後に残った俺の断片が必死に頭の隅でわめきたてている。だがその音は反響することなく、大きく柔らかなブタの中に消えていく。

 そして、ハーフキリングの指が俺の鼻を押した瞬間、わずかな声すら消え去った。ああ、ああ、俺の鼻がブタの鼻になる! 大きくて、真正面を向いてて、平たくて、逆三角で、ブヒブヒ鳴る鼻に! 俺のマズルは圧縮されしゃくれあがってシワが寄り、余った肉が頬へ移動してその輪郭を丸くする。耳はもう準備ができていたのか、ハーフキリングの指が触れただけでぺこりと折れてブタの耳になった。そしてとろけていた顔つきも引っ張り上げられ、俺の面影が再形成される。勇ましく、これから怪人に立ち向かっていくような険のある目つき。だがその真ん中には大きな大きなブタの鼻が鎮座している。それは正しい。俺はデフォルメされた、元ヒーローの、ブタのぬいぐるみなのだから。

 最後にハーフキリングは俺の尻尾をくるくると指で巻き上げてブタのねじれた尻尾にし、仕上げとばかりに塗料を持ち出して俺の尻尾と鼻をピンク色に、マスクの模様を豚鼻型に塗り直す。なんてブタらしいんだ!と俺は感動し打ち震えるが、同時にぬいぐるみでもあるので心の中だけで震えるように努める。

「ふう、完成。ピッグマンぬいぐるみ」

 ピッグマン! なんて相応しい名前だ。俺はピッグマン。ピッグマン。ピッグマン……

「あ、そうだ。背中にベルトつけなきゃ」

 俺の背中に何かが付けられた。細長い、革のようなもの。異物だ。ぬいぐるみにはそんなものついてない。俺はぬいぐるみじゃないのか? 急に不安になってくる。

「あとは…あ、これこれ」

 ハーフキリングは俺の不安などお構いなしに、今度は小さな、つまようじくらいの棒を取り出した。「機械的な仕組みとか、作るのめんどくさいからねー。あとは自分でセットアップしてもらおう」ハーフキリングはその棒に火をつける。これは…お香? 俺の大きくなった、鼻孔、に、その、匂い、が、入り、込んで、きて、………。



「これねえ、ガンちゃんとシャーくんに頼んで作ってもらった催眠香」

 声が響く。

「あるといろいろ便利なんだよねえ、やっぱり。工作のときもそうだし、急に暴漢が襲ってきたときもすぐに静かになるし」

 心は凪いでいる。景色は全くの無か、あるいはノイズで埋め尽くされていて、この声だけに意味があった。

「んじゃ、順にプログラミングしていこっか。きみはピッグマン」

 俺はピッグマン。

「ベルトに手を差し入れて、片手で持って、音を鳴らすおもちゃ」

 俺は音を鳴らすおもちゃ。

「音の種類は3種類」

 俺は3種類の音を出す。

「まず鼻を押すと、ぷうって鳴る」

 なにかの指が俺の鼻を押す。俺はぷうと鼻を鳴らした。

「そうそう。よくできました」

 なにかが俺の頭を撫でる。いまのは正しい。

「つぎはお腹。お腹を叩かれると、『ブヒ!』って鳴く」

 なにかの掌が、俺の丸い腹を叩いた。俺は「ブヒ!」と鳴いた。

「えらいえらい」

 なにかが俺の頬を撫でる。いまのは正しい。

「それで、最後は尻尾。尻尾を引っ張られると、『キィーッ!』って鳴く」

 なにかが俺のくるりと巻いた尻尾を引っ張る。俺は「キィーッ!」と甲高く声をあげた。

「よしよし、おっけー」

 声は満足げのある響きになった。俺も満足する。

「じゃ、ちゃんとできてるか練習しようか」

 鼻。「ぷう」鼻。「ぷう」腹。「ブヒ!」尻尾。「キィーッ!」鼻。「ぷう」腹「ブヒ!」腹「ブヒ!」腹「ブヒ!」尻尾「キィーッ!」

「おっけーおっけー。たのしいピッグマンおもちゃの完成だ」

 俺は達成感で包まれる。次にどこを触られてもいいように意識を集中する。触られて鳴くと気持ちいい。振動が全身を震えさせて、ぞくぞくとする。


「んじゃ、いま言ったことは守ったまま、普通のドッちゃんの意識になって」

……!?

 急に景色が明瞭になる。ここは…?

 目の前にハーフキリングの顔があったが、やけに近い。持ち上げられてるのか? 背中に引っ張られる感じがある。どういうことだ?

 手足を動かそうとするが、言うことを聞かない。というか、やけに短い。なんだこれは。おまけに先端が…蹄? 何故か違和感なく、「これは蹄である」と強く認識する。

 鼻が視界の中でやけにでかい。そこにハーフキリングの指が迫る。何をするつもりだ? ハーフキリングが俺の鼻をぐいっと押した。

「ぷう!」

 俺は鼻を鳴らした。

 えっ?

 2回。3回。

「ぷう、ぷう」

 俺はなぜか、指のリズムに合わせて鼻から滑稽な音を出してしまう。

 ハーフキリングの手がすっと視界の下に移動する。

 軽い衝撃。ポンと腹をたたか「ブヒッ!」俺は鳴いた。

 じわじわと、記憶が、意識が、感覚が戻ってくる。

 そうだ、俺はハーフキリングにやられて、ぽん。「ブヒ!」ブタのぬいぐるみに変形されて、ぽん。「ブヒ!」お香をぽん。「ブヒ!」

 やめろ! と言いたいが、口は自分の意思では一切動かなかった。

 ハーフキリングの手が尻のあたりをまさぐる。くるりと丸まった尻尾に指が当たる。おい。まさか。やめろって。

 指がつんと尻尾を引っ張った。

「キィーーーッ!」

 敏感な尻尾を乱暴に引かれ、文字通りの悲鳴を上げてしまう。ただ、その悲鳴もブタの声だった。

「うんうん。やっぱ楽器は感情が乗ってるほうがいい音がするね。こないだ吹奏楽漫画で見た」

 その吹奏楽漫画に元ヒーローの楽器は絶対出てこないだろ。

 俺の心中のツッコミなどどこ吹く風で、興に乗ったハーフキリングはあれこれリズムを取り始める。

 かくして俺は、飽きるまでやつのでたらめな演奏に付き合わされることとなった。

[小説]鳴く! 叫ぶ! 表情を変える! 不思議なピッグマンおもちゃ

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