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雪降らないかな
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【雑記】自分語り・共感覚について

 (前提・ここでいう共感覚とはミラータッチ共感覚のことである。よく知らない人は https://twitter.com/nojo6/status/1172437745492344832 を参照されたし)


 年を食って、知識が全て自分の飢えを満たしてくれるのではないとわかってくると、自分の知識欲とはそもそも自分の共感覚を理解しようとする欲だったのだなあといよいよ確信してきた。


 子供のときから、無条件で変身ものが好きだった。ただ、私くらいの世代かつ同類の人がそうであるように、当時私にこの「変身好き」を表す言葉はなかった。(今はどうなのかは知らない。調べたらすぐにそういうのが出てくる環境での生活や成長は、完全に私の知らない世界だ)

 私はそのために自分がなにを好きなのか調べようとした。

 神話や星座が好きなのかと思った。言うまでもなくギリシャ神話が原因なのだが、私はなんとなくそういう民俗学的なものが好きなのかと思い、いろいろ読んだと思う。しかし動物や変身が出てこないものに対する自分の興味の無さは自分でも薄々感じていたのだろう、英雄譚的なものに対しては明らかに「違うな」と思っていた。

 妖怪が好きなのかと思った(今も別にどちらかと言えば好きなほうだが)。

 妖怪というのは、身も蓋もない言い方をすれば、外界を脳の偏見どおりに解釈した存在だ。

 夜道で足がなにかぞわぞわした。それは「すねこすり」という小動物が足にまとわりついているからだ。後ろからぺたぺたと音がする。それは「べとべとさん」という妖怪が後ろからついてきているからだ。なにともつかない獣を目撃した。それは「鵺」という合成獣かも知れない。

 まあ、こういうキャラクターとしての妖怪については妖怪にうるさい人が割とうるさい領域であるのだけれど――とにかく、妖怪というのはそういう存在だ。言い換えるなら、「感覚の実体化」と言ってもいい。言語化しようのない感覚が脳に生じたときに、それに身体と言動を与える。肉体の操縦を習得している過渡期であり、身体感覚のメモリが余っている子供がよく行う習慣であり、だからこそ「妖怪もの」は一定の需要を獲得し続けるのだろう。

 私が「妖怪とはそういうものである」とわかり始めたとき、ならば私は脳が好きなのかと思った。

 脳が起こす不思議な感覚や幻覚、精神の変化に興味があるのかも知れないと。

 今思えば、このときもう機能として消しそこねた共感覚が他の脳機能とコンフリクトを起こしており、その解決策を探すのに割と一所懸命だったのだろう。しかし探しても探しても当時の私には自分にドンピシャの異常さというものは見つからなかった。タイミングの悪いことかな、ミラータッチ共感覚があると確立し始めたのは結構最近のことだったのだ。

 脳機能面で自分のことが見つからないとなると、いよいよ私は「動物」と「人間」が興味の対象だと思わざるを得なくなった。

 共感覚が特に過敏に反応するのは動物ないし動物的なキャラクターだったし、それに抑圧されて人間に対する情動や感じ方が歪になっていったからだ。

 動物の生活を調べたり、動物をスケッチしたり、動物になってしまった一日を想像してみたりすると、脳のどこかでなにかが解消されている気がする。かくして私は自分は多分自然とか動物とか、動物と人間の関わりとかに興味があるのだろうと結論づけ、進路を選んだ。

 しかし実際に学術的な環境で動物に接していても、その「脳のどこかが解消されている感じ」は訪れなかった。言うまでもなく、それは共感覚に関係がないからだ。

 ネット環境やデジ絵の環境が整い始めた私はそのうち絵を描き始める。何枚か妖怪の絵を描いた後にTF絵――今まで見たら何故か興奮したり、頭の中で思い浮かべてみたらどきどきするもの――を描いてみたら、「その感じ」が来た。脳のなかで沈殿していたなにかが排出される感覚が。

 そこで私は大学にまで行ってしまった手前「自然に関心がある」という体裁を取りつつ、「絵や漫画も好き」という方向性を取ることにした。もちろんこんな自我がわやくちゃな状態では就労のビジョンも糞もあるはずがないので、卒業したあともコミッションや漫画の投稿を続けることになった。受賞して連載もすることになった。

 そして連載したあとに気づく。「あ、違うなこれ」と。

 漫画を通して伝えたいことはない。何故なら頭の沈殿物を吐き出すために描いてるのだから。

 漫画を通してより多くの人の関心を惹くことに興味がない。何故なら私と脳の問題を共有してないから。

 漫画を通して人間を描写することに興味がない。何故なら共感覚は他人に対してそれほど言いたいことがないからだ。

 漫画の技術や能力を鍛えることにやる気もない。何故ならそれは頭の沈殿物を吐き出すための技術ではないから。

 かくして最終的に共感覚と向き合うことになり、自我をまとめてバラバラにすることになる。(ここらへんの経緯はFantiaのエッセイにある)

 そして今――共感覚のことをほぼ把握できるようになった今、知識欲はかなり減退している。

 神話や妖怪は私の共感覚に関係ないからだ。

 動物も自然も関係ない。

 そして私の共感覚と同じようなものを持っていない、大部分の脳も関係ない。

 ミラータッチ共感覚は原始的な脳の機能であり、同じようなシステムはほぼすべての人類にあるらしい(そもそも人間の他人のマネをする能力や、ブーバキキ効果みたいなのもそれだ)。しかしそれは、私の「消えないまま脳とずっと共存してしまった共感覚」とはやはり関係ない。厳密に言えば、それを詳細に追って調べている本がない。

 認めるのは嫌だなあと思ってたが、まあやっぱりそんなわけで、私の知識欲は減退している。


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