おやおや、どうしたのです。
まだワタシはぴんぴんしていますよ?
どうぞ、もっとワタシを攻撃なさい。そのために来たのでしょう?
それとも、もう敗北を認めたのですか?
ほう、そんなつもりはない。魔物ごときが舐めるなと。
それでは、なぜ。
だらしなく口を開いたまま、棒立ちでいるのです?
虚ろな目で、振り子の動きを追っているのです?
答えは簡単。
アナタはもう、ワタシの催眠術の虜になっているからです。
申し遅れました。ワタシの名は《ナイトメア》。
現と幻の合間に棲まうもの。
夢のたてがみをなびかせて駆る霧の馬。
眠りと夜はワタシそのもの。アナタの身体はもう眠っている。アナタのココロももう眠っている。タマシイのほんの一部だけ、眠らせずにおいている。それが今のアナタの状況です。理解できましたか?
それで…ええと、アナタはどちらサマでしたっけ?
…
ああ、はい、はい。なるほど。ありがとうございます。
…ん? どうしました?
ああ、アナタの口がすらすらと自己紹介をしたのが不思議なのですか。
ワタシの言いなりになって。
言ったでしょう、アナタの身体は眠っているって。
眠っているものは、夢を見る。
アナタの口は夢を見たのです、自己紹介をする夢を。
まだ納得がいかないというカオですね。ああ、タマシイのほうですよ。アナタの肉体のほうのカオは半開きの目で、よだれを垂らすに任せてる、だらしなぁいおカオです。でもワタシは大好きですよ、眠りにオチてるときの無防備なカオって。
おすわり。
お手。おかわり。
伏せ。ころがれ。
ちんちん。
ほら、言う通りに動いたでしょう?
ワタシは夢そのものなのです。眠ったならばワタシの言いなり。
ステキなカオですね。恥ずかしい? 嬉しい? ワタシは表情に詳しくありませんが、アナタはとてもステキなカオです。
ワタシは、アナタのことがとても気に入りました。
だから…アナタのタマシイは起こしたままにしておきましょう。
これから、ヒヅメの音が鳴ります。こんな音です。
(蹄の音)
覚えましたか? もう一度。
(蹄の音)
覚えましたね。
この音を一つ聴くたび、アナタは馬に、ワタシと同じような姿になっていきます。
いえいえ、ごシンパイは要りません。そうなるんですよ。
夢ですから。
ホラ、いまニ回鳴ったから、もうアナタの耳は尖ってる。
さっきより、音がよく聴こえるようになったでしょう?
(蹄の音)
ほら、毛が生え始めましたね。
(蹄の音)
首が伸び始めました。
(蹄の音)
鼻の穴が膨らんでますよ。
(蹄の音)
カオが前に突き出てます。
(蹄の音)
身体も大きくなってきましたね。
(蹄の音)
耳を塞ぎたいんですか?
(蹄の音)
残念ですけど、それはムリです。
(蹄の音)
ほら、だってアナタの手。
(蹄の音)
もうヒヅメになりかけてますよ。
(蹄の音)
すっかり筋肉がつきましたね。
(蹄の音)
首も太い。
(蹄の音)
鼻面もすらりと長くなりました。
(蹄の音)
耳もピンと立って。
(蹄の音)
立派なたてがみも生えています。
(蹄の音)
そして最後に。
(蹄の音)
シッポも生えます。
…
ステキな姿になりましたね。
ワタシの生き写しのよう。
恥じらうことはないですよ。
アナタはとても強くなった。
相変わらず、カオはとろんとしたままですけど。
おやおや、どうしたのです?
アナタのタマシイ。
モジモジしている。
身体とズレてしまったからですね。
大丈夫ですよ。
アナタはもうすぐミもココロもタマシイも、ワタシの一部になるのですから。
これから、ワタシがイナナくたび。
(嘶き)
アナタのココロは、ナイトメアに変わっていきます。
ほら。
もうアナタには、ワタシが仲間のように見えているでしょう?
(嘶き)
この音を聴くたびに。
(嘶き)
アナタは人間のときのことを忘れ。
(嘶き)
代わりに。
(嘶き)
ナイトメアとして生きるための。
(嘶き)
ココロが備わっていくのです。
(嘶き)
眠りを操る術。
(嘶き)
夢に入る術。
(嘶き)
夜を駆ける術。
(嘶き)
そして、悪夢を愛し。
(嘶き)
悪夢に苛まれるものを愛する術。
(嘶き)
その一つ一つが。
(嘶き)
アナタの身体に書き込まれていってるのを、感じるでしょう?
(嘶き)
そして。
(嘶き)
ともに嘶き、歌う術も。
(嘶き)
(嘶き)
…
さあ、これでアナタは《ナイトメア》になりました。
アナタはこれから、悪夢を運び、眠りを弄ぶ、ワレラが仲間となるのです。
仕上げに、誓いの口づけをしてあげましょう。
おやおや、イヤですか?
イヤだと思っても、身体は眠っていますから。
ゆっくりと、楽しませてあげましょう。
この口づけは。
主の口づけ。
この口づけを受けたら最後。
アナタはワタシの下僕となる。
ワタシに忠実な、家来となる。
ワタシを主人だと見上げ。
ワタシの意思が自分の意思で。
ワタシを見たら服従せずにはいられなくなり。
ワタシに命令されると心の底から嬉しさがこみ上げる。
ワタシの眷属になるんです。
イヤですか? イヤでしょうねえ。
ワタシのような、魔物に支配されるなど。
ああ。そのカオ、いいですね。
究極の悪夢を目の当たりにしたような、そのカオ。
そのおカオが。
ワタシの糧になるのです。
…
さあ、お目覚めなさい。
ワタシのシモベよ。
…
どんな気分ですか?
ああ、アナタじゃないです。そっちの、そう、タマシイのほう。
え? なんで残ってるのかって?
アナタを消すなんて、一言も言ってないじゃあないですか。
で、どんな気分です?
こんな馬の姿にされて、永遠に奴隷にされて、他の人間を苦しめる手先になるのが苦痛なのに、何度も感謝したいぐらいこの姿が好きで、命令に従うとこの上なく気持ちよくて、ワタシの側にいられることが誇らしくてたまらなくて、気が狂いそうになる?
一気に言いましたね。いいですね。
まあ、狂ったりできませんけど。
え? だからさっき、言ったじゃないですか。
悪夢に歪むそのカオが、ワタシの糧になるって。
ブンガク表現じゃないですよ。
シアワセな変身なんて、そんなの悪夢じゃありません。
苦痛に歪んでるから悪夢なんです。
途方もなくうなされるから悪夢なんです。
大丈夫です。アナタは何も考えることなんてないですよ。
アナタが何もしなくとも、アナタの身体とココロは、喜んでワタシの命令に従うし、喜んでナイトメアの務めを果たします。
アナタはただ、それを感じていればいいんです。
アナタはただ、それに苛まれてればいいんです。
狂うことなく、馴れることなく、飽きることなく。
それこそが悪夢。
ワレらがナイトメアの、エネルギーですから。