小説 【入れ替わり・上司】③
Added 2025-08-02 16:14:23 +0000 UTC-目次- ・7. 身にまとう、知らない自分 ・8. ふたつの呼吸、ひとつの夜 ・9. 女という静けさのなかで 7. 身にまとう、知らない自分 湯気に包まれた脱衣所で、バスタオルを胸から下に巻いたまま紗英(精神は翔也)は、静かに扉を少しだけ開けた。 薄明かりの室内からは、翔也(精神は紗英)がソファに座っている気配がある。 「……あの、高垣係長」 「ん〜? なあに?」 その声は、すっかりリラックスした男の声――だが中身は紗英だ。 紗英(精神は翔也)は一瞬ためらったが、意を決して言った。 「その……高垣係長のパジャマと、下着を……貸してもらえますか」 「ふふ、いいわよ。ちょっと待っててね♡」 返事とともに、足音が廊下のほうへ消えていく。 ほどなくして、再び扉の向こうに気配が戻ってきた。 「はい、どうぞ〜♡」 スッと差し出された手に握られていたのは――思わず心臓が止まるような“代物”だった。 まず目を引いたのは、紫のレースがあしらわれた、セクシーなランジェリーセット。 細めのストラップと、透け感のある布地。ブラのカップの形も、やたらと女性らしい。 そして、その下には、ふわふわのピンク色のパジャマの上下セット―― モコモコした肌触りで、袖と裾にリボンがついている。どう見ても、“かわいい系女子”の部屋着だった。 「…………」 「ねぇ、村田くん」 自分の体――つまり翔也の顔で、翔也(精神は紗英)がにやにや笑って言った。 「私の下着とかパジャマ、着られるの恥ずかしから…責任持って、大事に着てね?」 「……あ、あの……す、すみません……っ」 顔を真っ赤にしてうつむくと、翔也(精神は紗英)はくすくすと笑って戻っていった。 (……やられた……完全に遊ばれてる……) けれど、今の紗英(精神は翔也)には選択肢がなかった。 パジャマや下着がなければ脱衣所から出るわけにもいかない。 それに、明日は取引先に訪問する――就寝も早めにしないといけない。 (……今の僕は、高垣係長だ…女性用物を着ることは何も変じゃない♡……) 心の中で自分に言い聞かせながら、紗英(精神は翔也)は紗英の際どい下着に手を伸ばした。 鏡の前で、タオルを外す。 目の前には、湯上がりでほのかに赤みを帯びた、女性の裸体。 胸の丸み、腰のくびれ、そして太ももの間の滑らかなライン―― それはまるで、雑誌のグラビアから抜け出したような“作り物のように美しいリアル”だった。 (俺……本当に高垣係長の体の中にいるんだ♡……) 震える指先で、まずはエッチなパンティを手に取る。 薄くて、軽くて、けれど履く瞬間に異様に意識が集中する。 股の間を布がすり抜け、ヒップにぴたりと張り付く感覚―― 男だったときには一度も知らなかった、女性特有の“包まれる違和感”に身体がピクリと反応する。 次にブラ。 紐を肩に通し、手探りで背中のホックを探す。慣れていない動きに、数回カチカチと音を立てながらようやく装着。 (……なんだこれ……自分で自分に興奮してるみたいだ♡……) 一息ついて、モコモコのパジャマを頭からかぶる。 甘い柔軟剤の香りが鼻をくすぐり、袖口のリボンが手首で揺れる。 肩にかかる髪が揺れ、バストの重みが胸元でわずかに動くたび、男では味わえなかった感覚が胸をくすぐる。 やがて紗英(精神は翔也)は、着替え終えた自分の姿を鏡で見た。 そこには―― 紫のランジェリーの上にピンクのモコモコパジャマを着た、少し恥ずかしそうな表情の高垣係長が立っていた。 それはまぎれもなく、いつもの高垣係長。 けれど中身は、自分だった。 胸元を押さえた手のひらに伝わる、柔らかくて温かい現実。 それが、紗英(精神は翔也)にじわじわと「明日」を予感させていた。 8. ふたつの呼吸、ひとつの夜 パジャマに着替えた紗英(精神は翔也)は、まだ火照りの残る頬を押さえながら、 おそるおそるソファに座る自分の姿をした翔也(精神は紗英)のもとへ歩いていった。 モコモコのパジャマの袖が揺れ、胸元が柔らかく重たい。 ただ歩くだけで、体が“女”であることを実感させてくる。 「……あの、明日のことなんですけど……」 紗英(精神は翔也)が言うと、ソファに座ったままの“自分の顔”が、すっと真面目な表情になった。 「うん。訪問先の担当者は、前に私が会ってるから、向こうには“私”が訪問すると伝えているわ。あくまで落ち着いて、いつもの私っぽくしてくれれば大丈夫」 「“高垣係長っぽく”、ですか……」 「うふふ、難しい?♡」 紗英(精神は翔也)は苦笑いしながら、頷いた。 「……ちょっとだけ、です。でも……高垣係長の名誉のためにも……頑張らないといけないなって思います」 その言葉に、翔也(精神は紗英)が、ふっと優しく笑った。 「……ありがとう。なんか、嬉しいわ」 そんな風に少しだけ気持ちの通ったあとは、 一気に、部屋の空気が夜の静けさに包まれていった。 時計を見ると、すでに深夜3時近く。 「そろそろ……寝ましょっか」 翔也の声で、けれど女性の響きを持ったその口調に、紗英(精神は翔也)は頷いた。 「はい……そうですね」 立ち上がった紗英(精神は翔也)は、 自分の寝巻姿を見下ろして、少し間を置いてから口を開いた。 「で、寝るところどうしよっか…?お互い自分の部屋で寝るか…どうせ体を入れ替えてるから、一緒の部屋で寝ても一緒よね…」 「た、確かに…お互いの体だから、もう問題も無いような気もします…」 紗英(精神は翔也)は頷いた。 「じゃあ、私はこっちのベッド使わせてもらうね。村田君の部屋、ツインルームで助かったわ」 「はい……」 紗英(精神は翔也)は自分の枕元に向かおうとしたが、 その直前、翔也(精神は紗英)がふと振り返り、 少し照れたように口を尖らせて言った。 「……ねえ、村田くん…」 「はい?」 「……私の体で、変なことしないでよ?」 「っ、しませんから……!!」 思わず声が裏返る。 すると翔也(精神は紗英)は、翔也の顔で満足そうににっこり笑った。 「ふふ、冗談よ。おやすみ」 「……おやすみなさい」 部屋に設けられた小さなランプの灯りが、 部屋を優しく照らす。 紗英(精神は翔也)は、布団にくるまりながら、 モコモコのパジャマと、胸元の重みに意識を持っていかれそうになるのを必死でこらえていた。 (……明日、高垣係長の…女性の体でスーツ着て……高垣係長の名前名乗って……不安だな……) そんな不安を抱えたまま、 隣のベッドから聞こえる“自分の体の寝息”を遠くに聞きながら、 紗英(精神は翔也)はゆっくりと、目を閉じた。 9. 女という静けさのなかで 部屋の明かりが落ち、ツインルームの片側、ピンク色のパジャマを着た紗英(精神は翔也)は、布団の中でそっと身体を丸めていた。 隣では、翔也の体を使って眠っている紗英が、静かに寝息を立てている。 (……眠れない) 目を閉じてみても、神経が研ぎ澄まされてしまって、頭の中が静まらなかった。 (「変なことしない」って。……言ったのに♡……) パジャマ越しに感じる柔らかい体の感触。 横になっただけで、胸の存在がはっきりわかる。 大きな膨らみが、自分の体じゃないのに、まるで内側から繋がっているような不思議な感覚を持っている。 心のどこかに、罪悪感が確かにあった。 でもそれ以上に――知らなさすぎた“女性の体”という存在に、好奇心が勝ってしまいそうになる自分がいた。 紗英(精神は翔也)は、ゆっくりと胸元に手を置いた。 (……柔らかい♡) 手のひらに伝わってくる温かさと、柔らかな弾力。 それは、これまで外からしか知らなかったもの。 触れるたびに、まるで自分の心までたゆたうように、どこか落ち着かない感覚が広がる。 (これが……高垣係長の毎日感じてる“重さ”なんだ♡……) ほんの少し指先を動かしただけで、肌が敏感に反応する。 身体が、紗英(精神は翔也)の意識とは別に、ごくわずかにぴくりと動いた。 ベッドの中、紗英(精神は翔也)は身じろぎした。パジャマの布地が肌に触れ、その感触が身体に広がっていく。 乳首をなぞった指先。 それが男の自分の意思で動いているのか、それとも女の身体の本能がそうさせているのか——境界が曖昧になっていく。 「……柔らか♡……」 静かな部屋に、紗英の声だけが響く。 触れた胸のふくらみは、押し返してくるような張りと、奥に熱を含んだ弾力を持っていた。 それだけで、身体の奥からふっと熱が湧いた。 男の時には味わったことのない「じんわりと滲むようなエロティックな欲求」。 直接的でない、もっと深く、湿ったもの。 紗英(精神は翔也)ははぁはぁと息を吐きながら、パジャマのボタンをひとつづつ外した。 胸元が開き、月明かりが肌の白さを照らす。 乳首に指が触れた瞬間、反射的に身体が小さく跳ねた。 「……っん♡……」 くすぐったいような、でもそれだけじゃない。 指でそっとなぞると、ふわっと電気が走るような感覚が脊髄を這い上がってくる。 何度か往復するうちに、それは確かに「気持ちよさ」に変わっていった。 乳首が敏感だなんて——情報では知っていても、まさかここまでとは思わなかった。 無意識に、太ももをぎゅっと閉じる。 内側がじんわりと湿り気を帯びてきているのを感じた。 「あ……♡」 その感覚は、あまりにも生々しくて、紗英(精神は翔也)は一瞬、呼吸を忘れた。 自分の手で確かめたくなる衝動が、静かに、しかし確実に心と体をつないでいく。 けれど、それ以上進むのはどこか「踏み越えてしまう」気がして、紗英(精神は翔也)は布団の中で手を止めた。 すぐ隣の部屋には、自分の体に入った上司がいる。 胸元をそっと閉じて、紗英(精神は翔也)は静かに目を閉じた。 体はまだ熱を持ったままだったが、それが冷めるのを待つように、まぶたの奥で意識がゆっくり沈んでいく。 ——これは、上司の体。 だけど、今夜のことは、自分だけの秘密だった。 胸の奥にある、自分でも説明しがたい“線”を越えてしまいそうになった気がして、息を殺すように布団をかぶった。 (寝よう……。高垣係長の体なんだ、もう変なことはやめとこう…) ぎゅっと目を閉じると、ようやく身体が少し沈むような感覚が戻ってきた。 女の体で、女の香りに包まれた夜。 静かな罪悪感と、少しだけの好奇心を胸に抱えながら――紗英(精神は翔也)は、眠りへと落ちていった。 -続く-