書いておくべきだったこと
Added 2020-04-17 14:14:20 +0000 UTC失恋漫画を描かなくなったことについて
最近は全く失恋漫画を描かなくなった。描く気すら起きないし、人の描いた恋愛漫画を少し読んだだけでも消化不良を起こしたみたいになってしまう。
自分が失恋漫画を描かなくなったことを、失恋することに疲弊したオタクの末路、と言っている人がいたけれど、全く以てその通りだし、否定する気が微塵も起きない。恋愛だとか、人との繋がり自体にもうあまり魅力を感じなくなったのだと思う。
ちょっと前までは「こんなものを描けてしまえるのは自分しかいない」と少し傲慢になれていたけれど、冷静に辺りを見回してみれば、案外自分がやろうとしていたことの上位互換を実現出来ている人は沢山いるし、自分が失恋に関する何かを描かなくなったとしても、世界に何ら影響がない。
少なくとも当分は(この先一生かもしれない)人間同士の恋愛感情が介在するものを創作するつもりはないと思う。仮に自分の描く失恋をまだ求めている人がいたとして、その人にはとても申し訳ない気持ちにはなるけれど、描ける気がしないので、ここで謝るしかない。ごめんなさい。
自分が恋愛に対して考えてきたことについて
今日読んだ漫画に、「フラれたとか別れただとかを、絶対悲しまなきゃいけないイベントだと誰が決めたんだ」という趣旨の台詞があった。自分は誰かと付き合ったこともないし、告白して振られたという経験も一度しかないけれど、その時に感じたのは「これでやっと解放される」という気持ちだった。その人に対して抱いていた感情が、自分自身を縛り付けることになっていたのだと思う。
自分にとっての恋愛とは、絶対的に失恋という結果で終わるものだった。失恋という経験しかしたことがないのだから当然だと思う。感じたことも無い幸せを語られても、それが人生を賭けてまで掴みに行くべきものなのかどうか、自分にはわからない。知らない幸せは知らない。
だから今、恋愛というものをする気が一切起きない。経験したことのない未知の幸福のために、無限にあるわけでもない体力を浪費する決断はできない。人とあまり会っていないというのもあるけれど、特定の誰かに強く惹かれるということが無い。魅力的な女性の絵を描き続けているうちに、自分の中のハードルが異常に高くなってしまったのかもしれない。仮に自分の理想に適う人がいたとしても、その人が自分を認識することはないので、既にそこで終わっている。
ここまで来ると逆に、居心地の良さも感じるようになってきた。以前の自分は、決して叶うことのない夢に苦痛を感じていたのだけれど、最初から叶わないとわかっているから、そもそも苦痛を感じることもない。だから多少気分は楽になるけれど、その分虚無を感じることもある。けれど、結局自分に残された道はこの虚無しかないのだから、どうにかして虚無を進まなければならない。
これからについて
虚無を進まなければならない。どうやって進めばいいのか、どの道を選べばいいのか、そもそも道はあるのか、それすらもわからない。なので、今は出来ることをやらなければならない。つまり、技術を知識を蓄えておく。
絵に対して真面目に取り組むようになった。本当にやらなければならないことができた時に、最善の状態で挑めるように、今のうちにレベルを挙げておく。構図、線、色、基本的な事を0から考え直し始めた。憧れている人の作品をとにかく見てみた。あまりにも遠いということだけがわかった。けれど、何もわからないよりは、何が足りないかがわかっている方が、よほどましだ。道が見える。
だから今は、かなり自分勝手な状態になっていると思う。失恋漫画を描く気も無いし、大してうまくもない絵を描き続けているだけなので、ツイッターのフォロワーはみるみるうちに減っていくし、それでもフォローしてくれている人に本当に申し訳ないと思う。
とにかく技術をつけること。勉強をすること。ずっと家に籠っていても怒られない今のうちに、出来ることを一つずつやっていかなければならない。